Special Super Love

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今ではもう、半年以上も前になる。

リョーマは母親の仕事の関係で、アメリカからこの日本にやって来た。
母親の仕事がどれほどのものなのか、全て理解出来ていないが、これが数日だけの滞在とは違い、長い年月を日本で暮らすと言う事は直ぐに理解した。
「青春学園中等部…か…」
入学式に出席する為に、リョーマはこれから毎日通う道をてくてくと歩いていた。
周囲には同じように入学式へ向かう生徒達の姿がちらほら見られる。
まだ学生服に着られている小さな身体の同い年、これからの学園生活を共に過ごす仲間達だ。
「へー、さすがにスゴイね」
初めて見た校舎にリョーマは感嘆した声を上げた。
中学、高校、大学までを一貫した教育システム。
部活動及び委員会活動を通じて集団生活を学ぶ。
充実した施設でのびのびと学習する。
それがこの青春学園中等部の教育三大理念だ。
それに見合っただけはある。
勉強だけでなく、スポーツにもかなりの力を入れているだけあって、設備はかなり充実していた。
「意外と楽しくなりそうかも」
リョーマは受付けを見つけると歩き始めた。

受付をしていたのは数人の上級生。
1人1人から名前を聞いて、名簿にチェックしている。
既に両手では数え切れないほどの生徒が、ずらりと列を作っていて、自分も並んで番が来るのを待つ。
「はい、お待たせしました。お名前教えてくれる?」
「越前リョーマ…」
「越前君ね、えっと、えちぜん…君は二組ね」
自分のクラスを聞くと、さっさと校舎の中に入ると、教室に向かい、名簿順になっている席に座った。
暫くすると、ほとんどの生徒が教室に入って来た。

「全員、廊下に並んで」
それから数分後に教師がやって来て、クラスの全員に廊下に出るように告げた。
ぞろぞろと廊下に出ると、名簿順に並ぶ。
これから入学式が始まる。
長い人生の中、色々な経験を積む第一歩だ。
そして、リョーマの中で『恋』が芽生えた瞬間だった。
静まり返った体育館の中で入学式は行われた。
騒ぐような馬鹿者はこの中にはいないらしく、式はプログラム通り順調に進んでいった。

「―――続いて、生徒会会長挨拶」

「はい」

この瞬間からリョーマの恋は始まった。
壇上の人物は、自分が今まで出会った人物と全く異なった感情を胸に抱かせた。

それはリョーマだけでなく、手塚もだったのだ。

壇上から見える数多い新入生の姿、その中で最も光り輝いていたのがリョーマだった。
初めて視界に入った名前も知らない人物なのに。
“愛らしい”と思ったのと同時に“欲しい”と思った。
一体、彼の何が欲しいのか、今の手塚には全く理解出来ない感情だった。
部活にリョーマが現れ、その実力をまざまざと見せられた瞬間に、手塚の中の理解出来ない感情が咄嗟に理解できた。
『俺は…越前が、越前リョーマが好きなんだ』
好きの意味にはいろいろなパターンがあるのは、もちろん知っている。
この『好き』は本来なら異性に感じる『好き』の感情であるのも知っていた。
自分に芽生え始めた、人として当たり前の感情。
だが、相手は『同性』なのだ。
この感情は、禁忌の感情。
なのに、この想いを大切にしたいと思った。
その想いは消えるどころか、日々が過ぎる度に益々増大していった。

「おチビちゃん」
「越前」
「リョーマ君」
こうして部活中に仲間がその名を口にするのを聞いている時に、嫉妬に似た感情を感じるほどまでに。

手塚がリョーマを呼び出したのは、入学式から2週間後の春の日差しがやたら眩しい日だった。
「越前、少しいいか?」
「何スか?」
リョーマを呼び出して向かった先には、遅咲きの桜が満開に咲き誇っていた。
時折、悪戯な春風が花弁をシャワーに変える。
「越前…俺はお前が好きだ…好きなんだ」
薄い桃色のシャワーに打たれながら、手塚はリョーマに自分の想いを打ち明けた。
「…ぶちょ…?」
これって桜吹雪って言うんだよな、と上を見上げていたリョーマは自分の耳を疑った。
まさか、あの手塚が自分に対して恋愛感情を抱いているなんて。
信じられないような表情で手塚を見つめる。
「入学式でお前を見た瞬間から、好きになっていた」
「…入学式って…」
「壇上からはお前だけしか見えなかった」
「…壇上からって…」
あの時、自分が見ていたのも、この人だけだった。
「そうだ」
大きな目を更に大きくし、自分を見つめる相手に胸の内を全て曝け出す。
隠す事など出来ない。
全てを打ち明けたら何とかなるのでは、と密かに思う。
「冗談や酔狂で言っている訳ではないからな」
反対に、これでリョーマは二度と自分と2人きりになろうとはしないかもしれない。
それどころか二度と普通に会話も出来ないのではと、そんな恐怖も同時に思う。
「………」
驚いた表情のまま、何も言わないリョーマに、胸が不安で締め付けられる。
重苦しい空気の中、重力に負けてちらちらと舞い落ちる花弁に目を向ければ、一枚の花弁がリョーマの髪に絡まった。
手塚は取り除こうとゆっくり手を伸ばす。
払われるのを覚悟の上で。
リョーマはその手を瞬きせずに、ただ見つめていた。
まるでスローモーションのように動きが瞳に映る。
男らしい手だと感じた。
大きな手だと感じた。
なのに、とてもキレイな指をしているとも感じた。
とてもスポーツをしているとは思えないほどに。
花弁を取ると、それを自分の口元に運んだ。
あまりにも自然な動きから目を離すことが出来ない。
それどころか、『目を逸らすな』と、何かが自分に語りかけているような気がした。

「…越前…いや、リョーマ…好きだ」
もう一度だけ想いを伝える。
これが最後だと決めて。
リョーマはそんな手塚から、結局は一度も目を離さなかった。
一挙一動を全て目に収めると、漸く口を開いた。
「……俺も、部長が…好きです」
ふわりと微笑みながら、リョーマは手塚に自分の気持ちを告白した。
穢れを知らぬ乙女のような可憐な姿に、手塚は感動すら覚えた。
まだ成長段階の細い腕を掴み、力任せに引き寄せると、きつく抱き締めた。
「本当か?同情ならいらないぞ」
「同情じゃないよ。俺も好きって想ってたから」
男相手に本気になってはいけないと、自分の想いを消そうとしていたのに、これなら必要性が無い。
入学式のあの時に好きになってしまった相手からの告白に、リョーマは正直に自分の想いを口にする。
リョーマも両腕を手塚に伸ばし、自分よりもはるかに大きな背中にまわした。
「好きだ…リョーマ」
「うん、俺も部長が好き」
「…部長…か…2人の時は名前で呼んでくれないか?」
いきなりの告白の上に、急激な接近。
意外な事に手塚はかなり積極的だった。
「名前?部長の名前って…」
どうやらリョーマは、苗字は知っていても名前までは知らなかったようだ。
「…くにみつ、国光だ」
少し苦笑いを浮かべて、自分の名前を告げた。
「くにみつ…ね…国光……好き…」
何度も舌に乗せて言葉にする。
まるで呪文でも唱えるかのように何度も繰り返す。
「リョーマ…」
「国光…好き」
言葉が身体中を駆け巡る。
血流に乗って隅々まで流れ込んでくる。
『好き』
たった二文字でこれほどまで気分が高揚する。
初めての経験だった。
テニスの試合で勝った時と比べようにならないほど…。
これが『恋』だと、初めて知った。
「…でも、いいの?俺で」
顔をしっかり自分の胸に押し付けている為、くぐもった声になっていた。
「お前がいい…俺はリョーマでなくては駄目なんだ」
「国光…」
下から見上げるように見てくる姿に、ドキリとした。
吸い込まれそうな大きな瞳に目を奪われ、心も奪われると、一瞬の沈黙が通り過ぎた。
「……すまん」
「…ちょっと驚いたけど、別にイヤじゃないよ?」
手塚は無意識にリョーマの唇に自分の唇を重ねていた。
ファーストキスは、ほんの一瞬の出来事だった。
それでも、初めての二人には充分だった。
「ね、キスするのって初めて?」
「あぁ、そうだ…お前は?」
帰国子女なら、キスなんて日常茶飯事のはずだ。
ファーストキスの相手が自分だと嬉しいだなんて、そんな恋に溺れた考えは捨てた方が良かったかもしれない。
「俺もこんなのは初めてだよ。だってアメリカじゃ挨拶程度だもん…すごくドキドキした」
あどけない笑顔を見せるリョーマに、手塚はもう一度口付けをしようと顔を近付ける。
「…また…キス、するの?」
「嫌か?」
「ううん…もっとして…」
ふるふると首を横に振ると、瞳を閉じて顎を少しだけ上に上げる。
優しく重ねると、その柔らかさを充分に味わう。
啄ばむようにしながら軽い音を立てて、何度も角度を変えて唇を重ねる。
これが『恋人のキス』だと2人は実感した。

告白とファーストキスを、たった数分の間で終えてしまった。
そして、手塚の中で何かが変わった瞬間だった。
「やっぱりさ、内緒にした方がいいよね?」
「そうだな、他の部員の目もある事だし」

こんな事を言っていたのに、実際は…。

部員の誰からもイチャイチャバカップルと称されるほどに、いつも目の前でイチャついていたのだ。



バカップル誕生シーン。